今回は8月26日放送の

家、ついて行ってイイですか?

(明け方)

パシフィコ横浜で行われた

2日で延べ3000名が出店する

日本最大級の「手作り品 市場」、

ヨコハマハンドメイドマルシェで

お買い物代金をお支払いする代わりに

家を見せてもらう企画を振り返ります。

 

裁縫する時に針を置いておく小物

1,944円の代金を支払いし、長野県出身の

べっきさん31歳男性と交渉成立。

 

今は1人暮らしで、結婚は

前にしていたが、次の結婚

について今は考えていないという。

 

自宅に到着。

 

 

 

 

 

1K 家賃89,000円

 

 

べっき家STYLE2

飾れるアイロン台

 

ファブリックボードと呼ばれる

好きな布を家に飾ってあるものが

アイロン台にもなる!

 

 

 

本棚には、ハンドメイドの本や

コンピューターソフトの使い方

とかの本が置いてある。

 

ハンドメイドの本は

男性向けの本が

なかなかないのだそうだ。

 

 

べっき家STYLE3

自作の化粧ポーチを愛用

 

女子力が高いという風に

言われてしまうが、

もっと別の言葉に

変えて欲しいという。

 

 

作業机として使っている

場所には、パソコン。

 

下にはミシンが置いてある。

 

 

べっき家STYLE4

お裁縫の知識が豊富

 

 

   

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料理好きで、

瓶のなかには調味料。

 

唐辛子・胡麻・シナモン・

松の実とかがあり、最近

ベランダでバジルを育て始めて

双葉が出たそうです。

 

 

べっき家STYLE5

調味料も自作

 

バジルを育て、松の実と

合わせるとジェノベーゼが出来る。

 

 

べっき家STYLE6

ゼリーは簡単に作れる

 

コーヒーゼリーは

作るの簡単です。

 

 

べっき家STYLE7

三十路で味噌を作ろうと

 

自分で作ると断然、

味が良い。

 

 

べっき家STYLE8

難しいお菓子にも挑戦

 

お菓子作りも好きなんで

電子レンジ機能付きオーブンで

カヌレ・ド・ボルドーを作りました。

 

テクニックが必要なお菓子で、

ようやく焼けるようになった。

 

べっきさんはインスタグラムに

料理とか工作とか植物とかを

UPするため、40代主婦に

よく間違われるそうだ。

 

子どもの時からスポーツとか苦手で、

好きなことやってたらそうなったと話す。

 

 

元々、さんがいたが

3年半前に27歳の若さで

亡くなられていた。

 

専門学校の18歳の時に

同じアルバイト先だった

100円ショップで出会った。

 

同い年で誕生日も

8日違いくらいで、

愛想は無い感じだった。

 

べっきさんは、そういう

媚びない人が好き。

 

は編み物が好きで、

ネックウォーマーを

作ってくれた。

 

蒲田のユザワヤに

「一緒に毛糸買いに行くぞ」

って言われ、何時間も付き合った。

 

 

 

 

結婚は25歳の時、プロポーズは

彼女の方からだった。

 

付き合って6年位で全然、

迷いは無かったようだ。

 

べっきさんの名字は

元々、宮尾さん。

 

 

べっき家STYLE9

元は べっき じゃなかった

 

から苗字を変えたくない

って言われ、ジャンケンを

した所負けた。

 

 

結婚生活は川崎で。

 

結婚しようとした時、

彼女の胸にしこりがあったが、

悪いものじゃないから取らなくても

良いといわれていた。

 

が、仕事に影響があるからと

手術で腫瘍を取った所、それを

調べたらガンだったそうだ。

 

26歳で再発、トリプルネガティヴ

っていう1番悪性度が高いガン。

 

肺と肝臓に転移して、

あと1年だろうねと余命宣告。

 

その時は本人には言えず、

家族で話し合い。

 

再発したがんに効く抗がん剤で

どこまで命を延ばすかだった。

 

亡くなる10ヶ月前くらいに、

会社に2ヶ月位休みを頂いて

夫婦で旅行へ。

 

行きたいと言っていた場所など

国内を巡った。

 

その時は仕事を休む理由が

にはわからないので

全てを伝えていた。

 

本人としては日記に、

誰だっていつ死ぬのか

わからないのに、

私はやりたい事をやって

死ねるのだから

なんて恵まれている

んだろうって思う。

 

これを見て、話して良かった

と思ったそうです。

 

 

旅行での会話は普段通り。

 

病気の話をした時に、

怒られたから。

 

編み物は、思い出してしまうので

今でも出来ない。

 

死ぬときには立ち会えず、

仕事中に電話が。

 

病院に行ったが

間に合わず。

 

最後の会話は、

病室で行ってきます

行ってらっしゃい

 

やっぱり、引っ越ししても

捨てられないものがある。

 

の病気があって

乳がんに関する知識が増え、

ピンクリボン活動を。

 

マンモグラフィーも体験し、

痛いという気持ちがわかった。

 

1年間で乳がんで亡くなる日本人って

3万人いるが交通事故で亡くなる

人よりも多い。

 

さんのことは、生きていくうちは

ずっと一緒にいるようなものだから

今後も忘れない!と語っていた。

 

 

   

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その後