今回は2026年9月27日放送の

日本全国大捜索‼

ポツンと一軒家

を振り返ってみます。

 

 

 

衛星写真を拡大すると見えてくる、

山奥にポツンと建つ一軒家に

スポットを当てる番組。

 

 

屋根に木が被さって見えづらい

建物が2棟?

広い空き地

空き地からまっすぐ伸びる道

衛星写真で見つけた鹿児島県の

ポツンと一軒家を目指す。

 

 

鹿児島県のポツンと一軒家を

目指し、最寄りの集落から

捜索開始。

 

集落に到着し、車の陰にいた

住人発見!

 

男性に衛星写真を見てもらうが、

自分はわからないからと、

お向かいさんに電話をかけてくれた。

 

お向かいさんの男性によると、

目指すポツンと一軒家は

ナガレアンという

「そうめん流し」の店だというが、

詳細は不明だという。

 

お向かいの男性の息子さんが

以前、ナガレアンでアルバイトを

していたそうで、確認してくれた。

 

息子さんがもしかしたら、

営業終了しているかもしれないと、

直接電話をかけてくれた。

 

道を教えてもらい、

捜索再開。

 

お店の看板に導かれ、鬱蒼とした

1本道を走っていく。

 

衛星写真で見つけた鹿児島県の

ポツンと一軒家に辿り着いた。

 

 

 

 

準備中になっているが、

山の幸どころ 流れ菴と書かれた

垂れ幕のようなものがあった。

 

衛星写真上では分からなかった

大きな建物もあった。

 

 

   

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突然やってきた捜索隊に驚きつつも、

快く迎えてくれたお2人が鹿児島県の

山奥で、そうめん流しの店

流れ菴を営むポツンと一軒家の主

やまさきともひろさん52歳と

奥さん40歳。

 

オーナーは奥さんで4代目。

 

ともひろさんは

建築業をされていて、繁忙時には

お店の手伝いをしている。

 

流しそうめんはそうめんを

流すやつで、そうめん流しは

テーブルでグルグルそうめんを

回して食べる。

 

そうめん流しは鹿児島名物で、

発祥は指宿市で鹿児島に

何店舗かある。

 

 

全国的に知られるそうめんを

竹の樋に水で流し、箸ですくって

食べる流しそうめんは昭和30年頃に

長崎県高千穂町で最初に食べられたのが

発祥と言われている。

 

一方で、丸い回転式の器械に

そうめんを流して食べる

そうめん流しは昭和37年に

鹿児島県指宿市の渓谷

唐船峡のお店で提供したのが、

はじまりだといわれている。

 

この、そうめん流しを思いついたのが、

指宿市と合併する前の隣町の助役

井上廣則さん。

 

上からそうめんを流す人を必要とせず、

みんなでテーブルを囲んで楽しめる

方法はないかと試作を重ねて、

町営店舗で実用開始。

 

その後、観光名物として

鹿児島県内に普及。

 

 

   

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創業者は縁故関係無しで、

初代店主が17年間経営。

 

2代目が20年間経営し、

食べに来てくれる。

 

奥さんの父が3代目店主で、

7年間経営し、本業は

空調設備会社を経営。

 

奥さんの兄2人は、

父の会社を後継。

 

奥さんは30歳で店舗継承。

 

自宅は市内にあり、

この場所は店舗のみ。

 

ここは林業の詰所とかあった。

 

この建物は無かったから、

一から造ってそうめん流しは1棟。

 

囲炉裏のぼたん亭は冬だけ、

完全予約制でぼたん鍋を出している。

 

そこは詰所を改装して使ってる。

 

 

渡り山師と呼ばれる山を

転々と移動しながら木を切り、

炭を焼いて生計を立てていた

仕事があった。

 

昭和40年代、この山には

渡り山師の家族が5年ほど

身を寄せて住んだ小さな

仮の集落があった。

 

その後、木の伐採を終えた

山師が他の山へ移り、誰も

いなくなった集落の跡地を

50年前に流れ菴の創業者が

集落跡地を購入。

 

当時、流行り始めていた

そうめん流しの店を開業した。

 

 

   

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