今回は2026年8月11日放送の

ザ!世界仰天ニュース

目標と希望を失った女子

奇跡の復活

を振り返ってみたいと思います。

 

 

子どもの頃からバトミントンに

青春の全てをかけ、日本代表を

目指していた女性が、日本人に

最大1400万人(推定)いると言われる

股関節の異常に。

 

一度は諦めた夢だったが、女性

這い上がろうともがき始めた

奇跡の物語に仰天する。

 

 

2016年に開催された

リオデジャネイロ五輪の

女子バドミントンで日本の

歴史が変わった。

 

ダブルスでタカマツペアが

日本人初の金メダル。

 

さらに、シングルスでは

奥原選手が日本人初の銅メダル。

 

その舞台に自分が立つことだけを

目標にひたすら過酷な練習を

していた一人の河合選手。

 

国内トップ選手として

日本代表入りを目指したが、

心を病み、劇痩せし、自暴自棄に。

 

1992年に富山市で生まれ、

小学2年生からバドミントンを始める。

 

社会人2年目の2015年の夏に

練習を終えて立ち上がると一瞬、

左脚がロックされたように

動かなくなった。

 

すぐに治ったが、その日から

左股関節がジンジン痛み出した。

 

大学1年生の時に1日6時間以上の

激しい練習で脚に突然、右膝に

ジンジンとした痛みが。

 

そして、すぐに右股関節が

痛み始めた。

 

 

   

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通常、膝などの関節は

周囲の靭帯や筋肉によって、

安定して支えられているが、

彼女は靭帯や筋肉が緩く、

膝を十分に支え切れない状態

だという診断を受けた。

 

 

その後、関節を安定&動作時の

衝撃を和らげる役割がある関節唇が

損傷し、中で出血が起き、

手術することに。

 

2011年2月、関節唇の損傷を

修復するための手術を受けた。

 

手術は成功し、リハビリと練習で

大学時代は全日本学生選手権で

団体戦優勝。

 

 

実業団に入って2年目に

逆の脚の痛み。

 

2015年11月、左側の

関節唇損傷の手術。

 

手術は成功し、数週間もすると、

徐々に歩けるようになったが、

左脚に体重をかけると、

支えられなくなった。

 

そして、境界型寛骨臼形成不全

と診断された。

 

股関節は寛骨臼というお椀のような

骨が太ももの骨の先端を包み込み、

体重を支えている。

 

寛骨臼形成不全は、お椀が生まれつき

浅く、太ももの骨を十分に

支えられていない状態。

 

 

腸骨は元々、股関節に

つながっている骨。

 

その一部を切り、太ももの

骨を覆う範囲を広げ、

股関節を安定させる。

 

2016年4月に手術を受けるが、

術後に腸骨を切っているせいで、

かなりの激痛。

 

痛みもあり、股関節に体重を

かけられず、車いす生活に。

 

 

   

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大学時代の後輩は後に女子ダブルス

世界ランキング4位に。

 

その後輩がやってきて、

4年後の東京オリンピックを

一緒に目指さないかと言った。

 

 

筋肉や腱が股関節の動きに

影響している可能性があり、

その部分を少し切って、

緊張を和らげる手術を行い、

目が覚めると左脚が

全く動かなかった。

 

彼女は完全に車いす生活になった。

 

悩んだ末、バドミントンを

続けていた会社をやめた。

 

 

   

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