今回は12月1日放送の番組
家、ついて行ってイイですか?
山形県天童市の駅の道
天童温泉でのお買い物代を
お支払う代わりに
家を見せてもらう企画を振り返ります。
埼玉から秋田の実家に
帰ると言う夫婦に
インタビューし、交渉成立。
移動距離 約200㎞
65歳のわたなべかずひろさんは、
ロッテのアイスの商品開発を
していたという。
冬支度をするために、
実家へ帰る。
住まいが埼玉県で、
女房の実家が秩父だが、
両親はいなくて
週末農業をされている。
ご主人の自宅に到着。
わたなべ家STYLE
テレビはアンテナで受信
番組が少ないため。
わたなべ家STYLE
携帯電話の電波は入らない
田舎だから。
3K 持ち家
わたなべ家STYLE
昭和のテレビ
テレビがブラウン管、
アナログテレビは
懐かしくていい。
わたなべ家STYLE
冬は水回りが凍る
まず家に入ったら、
凍結防止用のバルブを
開けてやらないと、
水が出ない。
わたなべ家STYLE
昭和の洗濯機
毎日いる訳じゃないので、
二層式。
お風呂に冬場は寒いから
虫がいないが、夏場は
下水の配管から上がってくる。
わたなべ家STYLE
ホットカーペットが無いと
寝られない
わたなべ家STYLE
知恵で極寒の冬を乗り切る
ガラスはみんな2重で、
プチプチで結露防止を
している。
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冷蔵庫の中は、来た時に
使えないと困るので、一応
最低限のものは入っている。
元々、かずひろさんは18歳まで
秋田県にいて、高校卒業後、
ロッテに就職。
ここら辺の地区はどこの家も貧しく、
親父も現金収入が欲しくて
東京に出稼ぎに行ってた。
1年のうちに居るのは、
お正月とお盆で、ずっと
おふくろに仕送りを
現金書留でしていた。
なので自分は月給をもらって
安定的な仕事をしたいと
思ったそうです。
わたなべ家STYLE
雪見だいふくを開発した
25歳の時に雪見だいふくの
開発に携わり、2000年に
地元の取材を受けた。
ちょうどロッテに入社して、
アイスクリーム研究室に入った。
当時は雪見だいふくの前身って、
マシュマロでアイスを包んでいた
わたぼうしが発売されており、
その担当がたまたま自分の
先輩だったという。
わたなべ家STYLE
後輩と競うために もちで包んだ
自分はマショマロが好きじゃなくて、
先輩後輩の意地もあるし、それが
引き金になって俺はもちで包んだ。
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どんな商品でも、そこには
色んな物語がある。
雪降って、暖かいコタツに入って、
食べる美味しいアイスだなと
連想したかずひろさん。
そういうドラマや物語がないと
商品は、メガヒットにはならない。
雪見だいふくを試作している時は、
子どもが生まれた年だったので
一番大変だったのは女房だという。
奥さんは、夫の帰りが遅かったので
帰ってくると、とにかくバニラの粉
で耳とかがくっついて帰ってきて、
甘い香りがしていた。
子育てもなかなか大変だったという。
うちの子どもたちは自分が開発した
商品はあんまり好きじゃない。
アイスはアイス、もちはもち
だという奥さんだが、凄い売れた時に
よかったとは思った。
でも、どっちかと言ったら
クーリッシュの方が好きらしい。
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