今回は8月6日放送の

日本全国大捜索‼

ポツンと一軒家

を振り返ってみます。

 

 

衛星写真を拡大すると見えてくる、

山奥にポツンと建つ一軒家に

スポットを当てる番組。

 

 

綺麗に整備された広い敷地

数棟の建物

緑色の屋根の細長い建物

3つに区切られたスペースは畑?

衛星写真で見つけた山口県の

ポツンと一軒家を目指す。

 

 

始めに道を聞いたおさんに

隣人を紹介して貰うと、

衛星写真のポツンと一軒家

人は住んでいないという。

 

衛星写真の細長い青い屋根は

バスで、かつてここに住んでいた

ヤダさんの両親が車内で

生活していたという。

 

ポツンと一軒家の持ち主

であるヤダさんが

住んでいるのは、

今の場所から10㎞

離れた場所にある。

 

ヤダさんに今から行くと、

訪問許可をもらい、

ヤダさん宅へ。

 

捜索隊を快く家に

招き入れてくれた2人が、

ポツンと一軒家あるじ

やたやすまささん77歳と

けいこさん75歳。

 

今回、衛星写真で見つけた

山口県のポツンと一軒家は、

けいこさんの両親がかつて

2人で暮していた場所。

 

電気も水道もない山の中、

自給自足で暮す夫婦の姿を

27年の長きに渡り、地元の

テレビ局が記録。

 

そのドキュメンタリー番組が

大きな反響を呼び、数々の賞を

受賞し、7年前には映画化された。

 

この映画を観たおさんが

日本全国から来た。

 

そして、ポツンと一軒家

なんで出えへんの?って

いつも言われているという。

 

 

   

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翌日、捜索隊は早朝6時に

やたさん夫婦の自宅へ。

 

農作業に向かう

やたさん夫婦

軽トラの後に

ついて出発し、

ポツンと一軒

辿り着いた。

 

 

 

 

けいこさんの両親の山での

暮らしを追った映画

ふたりの桃源郷

上映されて以来、

舞台になったこの場所を

多くの人が

訪れるようになった。

 

わざわざ、こんな山奥まで

来てくれた人たちの

少しでも良い思い出に

なればと、やたさん夫婦

飲み物を振る舞うなどして、

おもてなししている。

 

 

戦後間もない昭和22年、

けいこさんが誕生した

5日後に山奥に買った

中古の家に一家で

移り住んだたなか家。

 

当初は、山を開墾して

サツマイモ農家として

生計をたてていた。

 

小学校は3km離れた

トンネルをくぐって

左手にある学校に徒歩通学。

 

中学3年生の夏休みに

さんにしてみたら

やっぱり子供養うにも

苦しいとか色々思って

大阪に移住。

 

大阪の中学校を卒業後、

化粧品販売の仕事を

行っていたけいこさん

 

その店のおさんから

やすまささんを紹介され、

昭和47年に結婚。

 

2人の子どもにも恵まれた。

 

 

   

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結婚7年後、けいこさんの

両親がUターン移住。

 

18年ぶりに戻った山は

荒れ放題のため、

」一から山を開墾し、

小屋を建てて、生活を再開。

 

そんな両親を心配し、やた夫婦

けいこさんの2人の姉が月に一度、

大阪から山口県の山奥まで通い、

手伝いをしていた。

 

やすまささんが義父

とらおさんから受け継いだ

畑の他に両親が暮していた

住居が敷地の隅に残っていた。

 

ところが、3年位前に

怪我されたらあかんからと、

解体した。

 

畑で野菜を育て、

採った野菜を

トタン小屋で食事。

 

湧き水を薪で焚いた

五右衛門風呂に入浴。

 

日が暮れると、

バスの中で就寝。

 

23年間、山奥で

自給自足生活をしていた

けいこさんの両親

 

平成14年の春に

とらおさんが88歳の時に

ふさこさんの2人で山暮らしを

続けていく事が困難になり、

やむなく夫婦で山を下り

麓の老人ホームに入所。

 

89歳の時に余命1年と

宣告されたとらおさん。

 

それを聞いたやすまささんは

すぐに大阪で営む寿司屋を

閉店し、山口県へ移住

することを決意。

 

夫婦で山の上の畑の世話を

しながら、両親の体調が

よければ一緒に山へ。

 

生前、色々と

お世話になった

義理の両親のため、

畑を守るのが

一番の恩返しと考える。

 

 

   

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