今回は土曜日の朝7:30から放送中の

サワコの朝で放送された、7月8日分

を振り返っていきます。

 

この日のゲストは体系維持の為、

トレーニングしている萬田久子さん。

 

良い事する前に悪い事はやめろ

と言われるが、お酒はやめられない。

 

 

   

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1958年生まれの大阪府出身の

萬田久子さんは、19歳の時に

叔母の勧めで学生証で応募した

ミス・ユニバースの日本代表に選ばれた。

 

どうせ通らないから二人の秘密にしておく

予定だったそうだがまさかの日本代表w

 

当時の映像を見た萬田さんは、

娘を見ているようだと涙ぐんでいた。

 

一緒に見に来ていた叔母は、

腰を抜かして立てなくなっていた。

 

世界大会は、メキシコで行われ、

はじめての海外で1ヶ月過ごし、

シンガポール代表の女性と

同室になった。

 

世界大会では、民族衣装のパレード

お金持ちの家に招待されるなどの

連日連夜のパーティーが行われ、その中には

お嫁さん選びもあったとされている。

 

また、世界大会の審査員には、

デヴィ夫人の姿があり、

マリー・アントワネットについて

どう思うか問いかけられ、

強い女性ですねとしか

答えられなかったそうです。

 

世界大会の日は、短大の試験と重なり、

学園長に相談すると、世界大会の様子を

1時間半話せば単位を上げると言われたので

行くことを決意していた。

 

単位をもらって無事卒業し、就職先も

決まっていたが、某プロダクションから

女優のスカウトされた。

 

女優になる事を周りに反対されたが、

女優を目指し上京。

 

東京で育ててくれた

マネージャーさんからの助言で

キツめのメイクをやめるよういわれた

萬田さんは、その言葉を信じ

やめてみると仕事も増えていったという。

 

 

   

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1980年にはNHKの連続ドラマ小説で

寺内小春さん脚本のなっちゃんの写真館

で女優デビューを果たす。

 

その後も、ぴあの すずらんに出演、

あさが来たでは、意地悪役な姑

眉山菊役には最初は抵抗があったが、

快感になっていたんだとか。

 

 

 

記憶の中で今もきらめく曲

映画小さな恋のメロディの主題歌に

起用されたビージーズメロディ・フェア

 

中学2年の時に、恋に憧れ

恋人ができたらこうやってデートするとか

妄想してたといいます。

 

恋に恋する以外は、

勉強が好きで良い点数を取って

親に褒められるように頑張っていた。

 

小学生の時は、オール5の優等生で、

特に答えの出る数学算数

得意としていたそうです。

 

女優業だけでなく

ファッション雑誌の表紙を飾るなど

女性の支持も多かった。

 

ファッションに興味を持ったのは

洋裁をしていた母に洋服を作って

もらうなど、ミシンの音で

育ち影響を受けた。

 

今は亡き母親が作ってくれた

洋服を今でも愛用している。

 

 

   

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今は冷や汗がでるけど、上京してモテ期の時は、

モノは捨てられないけど男は捨てられる

と思っていた萬田さん。

 

 

 

同世代だった夏目雅子さんと比べてみると

同い年なのに私は何もないと思ったら

先行きが不安になっていた頃、妊娠した萬田さんは

女優を諦め日本を飛び出した。

 

それでも、やっぱり女優が好きだと気づき、

女優の世界へ舞い戻った。

 

 

 

 

萬田さんの人生のパートナーだった

佐々木さんはスキルス性胃がん

お亡くなりになられ今年で7回忌。

 

スタッフ 友達 お仕事

が悲しみから救って貰った。

 

 

 

萬田さんの今、心に響く曲

平井堅ノンフィクション

 

この曲を聴くと何故だか

涙が零れた。

 

そこでもう一度、歌詞を見てみると、

彼の事を思える歌詞だった。

 

亡くなられた時に聴いても

なんでもなかったかもしれないが

今の心境 会いたい

が涙を誘っているという。

 

この曲は、平井さん自身が

自ら命を絶った友人を思って

書いた曲だった。