今回は2月16日放送の
日本全国大捜索‼
ポツンと一軒家
を振り返ってみます。
衛星写真を拡大すると見えてくる、
山奥にポツンと建つ一軒家に
スポットを当てる番組。
建物は2棟
ビニールハウス?
衛星写真で見つけた宮崎県の
ポツンと一軒家を目指し
最寄りの集落から捜索を開始。
集落に到着したので聞きこみを
しようと考えていると、丁度
車で出掛けようとしている
人を見つけ、声を掛ける。
軽トラを運転していたお父さんに
衛星写真を見て貰うと、1人目で
ポツンと一軒家を知っている
人に出会えた。
目指すポツンと一軒家をは
人が住む家ではなく、収穫した
椎茸を乾燥させる為の作業場。
そこにジュウロウさんという人が、
麓の自宅から通っているのだという。
お父さんは、その場所まで
行きましょうか?と案内してくれる
ことになった。
お父さんが運転する車の後を
追ってしばらく走ると、
路面に落ち葉が積もる急勾配の
山道を進んで行く。
すると、車が一台ギリギリ通れる
狭い道で左側は、断崖絶壁。
ガードレールも途切れている。
それを抜けると舗装されていない
砂利道が続くと、いつしか
してくれているお父さんの
車を見失ってしまう捜索隊。
だが、道の先に対向車が止まっていて、
お父さんが何やら話をしている。
お父さんの車に追いつくと
ポツンと一軒家の住人である、
マタエバルジュウロウさん73歳と
フサエさん69歳に会えた。
今日はもう作業を終えて、
麓の家に帰る途中だったが、
Uターンして椎茸小屋に
戻ってくれる事になった。
その先も悪路が続いたが、
ポツンと一軒家に到着。
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元々、椎茸農家を営んでいた
マタエバル家の5人兄弟の長男だった
ジュウロウさんが18歳になるまでは、
家族で山の上に暮らしていたという。
獣道でしか行き来できない所では、
結婚相手も見つからないと
一家揃って山を下りて麓の町に移住。
そのおかげもあったのか、4つ年下の
フサコさんと出会い、ジュウロウさんが
34歳の時に結婚した。
50歳で30年ほど務めた林業の会社を
早期退職し、両親の代で一度廃業した
椎茸栽培を夫婦で再開させたという。
両親が椎茸栽培を辞めて約10年、
ずっと放置したままだった
山の上の土地は、竹やぶに
なっていて、残っていた
実家も倒壊寸前。
ジュウロウさんは自ら重機で開拓し、
2棟の建物も知り合いの大工さんに
少し手伝って貰いほぼ1人で建築した。
奥にある瓦屋根の建物では、
椎茸の選別作業をしている
というので、中を見せて貰った。
収穫した椎茸の大きさは
バラバラだが、乾燥させたあと
選別機にかけて5種類の
大きさに分ける。
大きさをちゃんと揃えると、
出荷価格が倍以上に
変わってくるそうです。
以前は、手作業だったが
機械を導入したおかげで
作業がかなり楽になったが、
最後は人の目と手で最終確認
されている。
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選別小屋の隣にあるのは、
椎茸の乾燥小屋。
その中には乾燥機が4台。
最初は40℃で12時間乾燥させ、
状態を見て温度と湿度を
調整しながら24時間つきっきりで
乾燥させるという。
椎茸を乾燥させている間は
家に戻れないので、選別小屋に
休憩スペースを設けて
食事や寝泊まりをしている。
そんな椎茸農家にとって
一番の楽しみは、
原木から椎茸の芽が出た時。
その原木が置いてあるのは、
杉の木が密集した裏山。
広さはおよそ1800坪。
そこにびっしりと並べられた
原木の数は約3000本で、
10年ほど前までは、この3倍の
数の原木があったそうです。
年々、芽が出る椎茸の数が
減っていくので、5年周期で
入れ替えるという
クヌギやナラの原木。
その丸太の重さは、
1本10㎏以上だが、
それを何本も夫婦で
運搬し、設置している。
椎茸栽培を始めて20年、
今、夫婦が願うのは1年でも
長生きして栽培を続けたい事。
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