今回は9月20日放送の

激レアさんを連れてきた。

見た目は貧弱 体は最強の男

ドランクドラゴン 鈴木拓

を振り返ってみたいと思います。

 

 

最強の男を目指していたのに

なぜか芸人になり

芸能界最強になった男

鈴木拓さんが、今回の

激レアさん

 

 

様が市議会議員で

様が経営者という

超お金持ちの家に生まれた

鈴木拓さん。

 

鈴木さんによると、

家が3億すると言われ、

ちゃんの押し入れの中に

札束が並んでいた。

 

従姉妹が4人、自分と

6人いたから1万円ずつ取って、

みんなで駄菓子を買いに

行ったという。

 

様はボクシングの

プロライセンスを持つ武闘派で、

超厳しい家庭内ルールがあった。

 

 

①父には敬語で話す

 

友達の家に行った時に

友達友達の父にタメ口を

聞いていて、凄くドキドキした

経験があり、なんて自由な家

なんだと思ったそうだ。

 

②朝は正座で「おはようございます」

③父が見るテレビは正座で黙って鑑賞

 

これは、心が知れた時からなどと

いう鈴木さんに若林正恭さんが

物心と助け船を出し、喧嘩強いのに

バカって嫌、イジるの怖いと発言。

 

 

鈴木さんの父の口癖は、

 

喧嘩は絶対に負けるな

 

そのため、小学生時代の鈴木さんは

誰ともつるまずに喧嘩三昧の日々。

 

 

   

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父の恐怖から生まれた強さ

 

さらに強さに磨きをかけるために、

柔道を習わされる。

 

殴ったら法に触れるので、

触れない方法を考えたところ

柔道だった。

 

試合で勝ちたいというよりも、

負けて家に帰った後の親が

こわかった。

 

小学1年生の時には県大会で

優勝するまでに実力をつける

鈴木さん。

 

小学4年生の時に両親が離婚

すると親に引き取られ、

裕福な生活から超貧乏生活へ。

 

学校も転校になったのだが、

その先は不良の多い学校だった。

 

 

ある格闘技にどハマり!

 

それはプロレスで、中学校の時の

鈴木さんがハマったのは、

高田延彦さんの得意技の

ローリングソバット。

 

この技は、何もない所では

出来なくて、当時 立っている物は

電信柱しかないので、あったら必ず、

ローリングソバットをするという

きまりを作っていた。

 

鈴木家の近所に高田延彦さんの

家があったから、なぜか電柱に

ローリングソバットをしながら

高田家に行って、ピンポンダッシュして

帰っていた。

 

後に、高田さんにその事実を伝えると、

ダメだろ!!と言われたらしい。

 

 

中学生になると、

悪口キャラで人気に。

 

同じクラスには、

さかなクンがいた。

 

 

   

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ヤンチャな友達が出来たことで、

打撃や寝技の練習を。

 

 

タイからの贈り物

 

この時、本場 タイでムエタイを

やっていた方と出会い、

鈴木さんはムエタイをはじめる。

 

遊びではなく、実戦で試したいと

思った鈴木さんは、ヤンキー

腕試し大作戦をする。

 

十分な実践が出来ず、

最強のプロレスラーになりたいと

思った鈴木さんは、その夢を

叶えるために親に

 

俺は最恐のプロレスラーになる。

 

だからメキシコに行かせてくれ

 

と、お願いするが

 

高校行ってからでもいいんじゃないの?

 

と、言われ納得。

 

 

しかし、家計がカツカツすぎて

メキシコ行を断念。

 

 

芸人になるという目標に辿り着くも、

ほぼプー太郎状態で家に居ずらくなり…

 

 

まさかのホームレス生活

 

2年間のホームレス生活になった

鈴木さんは川に住み、

ひたすら釣りをして過ごす。

 

体は川で洗う。

 

ブラジリアン柔術も

習っていた。

 

 

20歳を迎えた頃、

親が亡くなった事を知る。

 

あんな怖い人が死んじゃうなら

みんな死んじゃうんだ、

だったら好きな事をやろうと、

お笑い芸人になる事を決意。

 

親にも日本でやるならいいよと、

承諾をもらい、人力舎の養成所に入学。

 

1996年に塚地さんと、

ドランクドラゴンを結成。

 

 

   

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